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さあ、前回は、大変なことになってしまいましたね
フィリップ2世(尊厳王)は、うまいこと、ヘンリー(のちのリチャード1世)
に近づきますが、しかし、失敗。かえって、うまく使われ、
リチャード1世の力を増大させてしまいました。
そこで、弟のジョンに近づき、リチャード1世を倒そうとしましたが…
さて、その後、どうなるのでしょうか?

リチャード1世がオーストリアで捕虜になり、
有頂天になっていたのも束の間。リチャード1世は釈放
フィリップ2世は、ジョン
「悪魔が解き放たれた。気をつけろ!!」
と手紙を書いたのですが、時すでに遅し。
大急ぎでイギリスに帰還したリチャード1世
ジョンは簡単に屈服させられてしまいました

「ジョン、情けない奴め!!」

もうこうなったら、
フィリップ2世(尊厳王)リチャード1世の直接対決です
リチャード1世は自分が捕虜の間に、フィリップ2世(尊厳王)
うまいこと奪われた領地を取り戻しに、フランスに渡ってきました。
こうなったら、両者戦うしかありません

この戦いの勝利は、わがフランス、フィリップ2世(尊厳王)。
リチャード1世は鎧を取った際に、矢が刺さり、その傷が致命的になり
あっけなく戦死してしまいます

これで満足するフィリップ2世(尊厳王)ではありません。
リチャード1世の後継者が、あの、あっけなくまたリチャード1世
屈したジョンだったからです。
「あいつ、王の座とあの領土を、わがものをするつもりだな!!」

ジョンはもちろん、慌てます
あの計算高いフィリップ2世のこと。
何をしかけてくるか分かりません。

案の定、ジョンに試練が訪れます
ジョンは、もともとフランスのラマルシュ伯爵の娘と婚約をしていました。
しかし、こんな戦いの中、結婚はできず、なんとその間に、
イギリスの中で力あるアングレーズ伯爵の娘と結婚していたのです!!
この結婚で、イギリス側での絆を深め、イギリス領土を守ろうとしたわけです

もちろん、この結婚に、フィリップ2世が納得するわけがありません。
フィリップ2世は、うまくラマルシュ伯爵令嬢を使い、ジョンを訴えることに決めます

「ジョン、ラマルシュ伯爵令嬢を裏切ったのですね。
令嬢は泣いてますよ。かわいそうに…こんな仕打ちはないでしょう?
和解?もちろん、和解できますが、条件があります。大した条件ではありません。
あなた方の母、アリエノールは、もとは、私の父の妻でした。ご存じですね。
アリエノールがもっていた地は、もとは、われわれフランスの領土なのです。
フランスの地、戻して頂けますね」

ジョンはうろたえます。しかし、答えはもちろんNO!
「フィリップ2世、私は、アングレーズ嬢を愛しています。愛する人と結婚した。
それまでのこと。なにも、成敗されることはないのですよ。領土の問題ではありません
イギリス領はイギリス領のままです」

「では、仕方ないですね…」
と、今度は、フィリップ2世ジョンの戦いが始まります

さあ、今度はどんな結末がまっているのでしょうか?
# by cuicuifrancais | 2010-05-13 07:43 | フランスの歴史

前回は、ルイ7世(若年王)が妻アリエノールに浮気をされ…
挙句、イギリス側に多くの領土がわたってしまった
という、泣きっ面に蜂のような話でしたね。

この泣きっ面に蜂の ルイ7世(若年王)
頼りは、最後に生まれたたった一人の男児
フィリップ2世。この子の愛称は尊厳王。
かなり期待できる名ですね★

さて、このフィリップ2世(尊厳王)は、15才で即位。
フランス領土の1/3はイギリス側のもの…という過酷な
状況下でのスタートでした。

ここで、さすが尊厳王。よくイギリスを観察。
ルイ7世のもと妻アリエノール。
ヘンリー2世と結婚後、
1:ヘンリー
2:リチャード
3:ジェフリー
4:ジョン
と4人も息子を出産。
男児が多いと家の繁栄になりますが、
男児の多い家庭は、喧嘩が絶えないですよね。
それは、今も昔も同じこと。

長男ヘンリーを後継者と決めたものの、
リチャード、ジェフリー、ジョンは納得がいきません。とにかく兄弟4人そして、父ヘンリー2世を巻き込んだ兄弟喧嘩、親子喧嘩が絶えませんでした。

一人息子で喧嘩知らずのフィリップ2世(尊厳王)
これは、使えるな…と判断。長男ヘンリーが後継者になったことを
最も良く思っていない次男リチャードに近づきます

「長男ヘンリーよりも才能のある君を差し置いて、君の父上は間違っている。
私と一緒に戦って、平和な世を作ろう!!」

リチャードをそそのかし、ヘンリー2世(尊厳王)へ謀反をはたらかせ、協力して、
まんまとヘンリー2世を死へ追いやります。

リチャードをうまく抱え込み、さあ、フランス領土を取り戻そう…という
矢先。リチャードから、絶縁状が!!
フィリップ2世よ。長男ヘンリーは死に、私は王となった。私は今日から
リチャード1世である。領土は誰にも渡さない!!」

利用したと思っていたら、反対に、利用されていたのです!!
フィリップ2世(尊厳王)、これでは、引き下がれません

しかし、この時期、グレゴリウス8世より、
リチャード1世にもフィリップ2世(尊厳王)にも、第3回十字軍参加への要請が。
2人は怪しい関係のまま、聖地奪回へと向かいます

戦地、アッコンにて、二人は再び顔を合わすこととなります。
しかし、この戦いは、聖地奪回のため。二人の戦いではありません。
ここは、神の御心のまま、フィリップ2世(尊厳王)率いるフランス軍
リチャード1世率いるイギリス軍、レオポルト5世率いるオーストリア軍3軍が力を合わせ、アッコンを制圧します。

3軍力を合わせて、制圧したのだから、3国の国旗を掲げるべきだ…
その意見にリチャード1世は猛反対。イギリス軍の旗だけを掲げてしまったのです。
これでは、教皇にフランス、オーストリアの功績を認めてもらうことが
できません。フィリップ2世(尊厳王)、レオポルト5世は憤慨して、
リチャード1世を残し、さっさと帰国します。

フランスにもどると、すぐにフィリップ2世(尊厳王)は動き出します。
イギリスにいるリチャード1世の末弟ジョンに近づきます。
リチャードを倒して、王になりたいなら、おまえに力を貸そう!!」
ジョンは同意して、フィリップ2世(尊厳王)と手を組みます

ジョンの動きを知ったリチャード1世は、激怒。すぐに、イギリスへ帰ろうと
したのですが、運悪くオーストリアで、船が沈没。
そこにいたのは、なんと、レオポルト5世。
「アッコンでは、随分と馬鹿にしてくれたな!!」と
リチャード1世を捕虜とします。

「しめしめ、馬鹿なリチャードめ!」とフィリップ2世(尊厳王)
レオポルト5世に手紙を書きます
「その節はお世話になりました。リチャードは冷酷極まりない人間。
どうぞ、そのまま捕虜にしてください。イギリス、フランスの和平に
力をお貸しください」

しかし、リチャード1世は釈放…
なんで!!!

ィリップ2世は、ジョンに手紙を書きます
「悪魔が解き放たれた。気をつけろ!!」

さあ、なんともややこしい話になってきましたね…
フィリップ2世(尊厳王)は、フランス領土を
取り返すことができるのでしょうか?

次回をお楽しみに★

★ロビンフッド★

みなさん、ロビンフッドの話、ご存じですよね。
このロビンが活躍する時代は、まさに、このリチャード1世
十字軍に遠征している際のお話なんです。
CuiCuiの中では、リチャード1世はあまり良い人物に描かれていませんが、
ロビンフッドの中では、尊敬にあたいする王として描かれています。
神と平和のため、リチャード1世が十字軍で戦っている最中、
末弟ジョンが、フィリップ2世と組んで、イギリスを欲しいままにしている
その暴政を許すまい!!とロビンは戦っているのです。
そんな歴史が分かってみるロビンフッドは、ちょっとおもしろいと思いますよ★
# by cuicuifrancais | 2010-04-23 08:36 | フランスの歴史

前回は、十字軍とフィリップ1世の息子ルイ6世(肥満王)の話をしました。

今日は、ルイ6世の次男で、王位をついだ
ルイ7世(若年王)の話をしましょう

ルイ7世(若年王)は兄が早世してしまったため、
17歳にして王の座につきました。

その頃はまだ、父ルイ6世(肥満王)も健在。
父と共同統治しながら、王の職務を学び
信仰深く、全く問題のない息子ルイ7世だったのですが…

兵士をまとめて、戦わせることに長けていた
ルイ6世(肥満王)から見ると、息子はちょっと気が弱く
国を守る王!というよりは、国のために祈る修道士…
これでは、先はやや不安…ということもあり、
父の力をもって、当時力のあった諸侯アキテーヌ公
縁談をもちかけます

そこでやってきたのが、アリエノール。
ルイ7世(若年王)の妻となります。大きな領地を持つ
アキテーヌと婚姻関係になれば、安心と思いきや…事件が起きます

この時、また、キリスト教国家がイスラム教徒に脅かされ、
当時のローマ教皇から聖地救援の十字軍参加の要請があり
信仰深いルイ7世(若年王)は参加を表明。
城を長く留守にします。

この留守、もちろん2~3日ではありません。
5年間です!!飛行機も電車もない時代の
遠征です。仕方がないですね…
とはいえ、戻ってきたら!!

アリエノールは、なんと他の男のものになっていたのです!
浮気相手は、広大な領地を持つノルマンディー公のアンリ2世
(のちにイングランド王ヘンリー2世)

*以前、ノルマンディーの歴史をフランスの歴史12で少し説明しましたね。
おさらいしてみましょう

フランスの歴史12  http://chezcuicui.exblog.jp/13052862/

ここで、アリエノ-ルのアキテーヌ領、アンリ2世が持つノルマンディー領
が一緒になってしまい、フランスのほぼ1/3は、この2人のものとなってしまうのです。
しかも、アンリ2世は、後のイングランド王ヘンリ2世ですので、この1/3の土地はイングランド領となってしまう…こんな大変な運命がフランスを襲ってくるのです

これではまずい!!とさすがに温厚なルイ7世(若年王)も挙兵。
アンリ2世と戦います。しかし、惨敗…
この敗北で、1/3の領土は、イギリスのものとなり、
英仏100年も戦うことになる百年戦争のきっかけとなるのです

アリエノールのこの浮気が、ジャンヌダルクをも巻き込んだ
最悪の戦争の原因なのですね…歴史って怖いですね

このルイ7世(若年王)の信仰深さゆえに生まれたものがあります。
そう、ノートルダム寺院です
ルイ7世(若年王)のもと、着工されました。

ルイ7世(若年王)は結局、生涯3人の妻をもらいます
1:アリエノール 浮気 間に女の子2人出産
2:コンスタンス 女の子を2人出産後に死去
3:アデル やっと男子出産!! のちに女の子2人出産

このアデルとの間の子が、王位を継承します
その子はフィリップ2世

さあ、このフィリップ2世このフランスをどう、背負っていくのでしょうか?
みなさん、フランスを応援してくださいね

次回をおたのしみに★
# by cuicuifrancais | 2010-04-23 08:27 | フランスの歴史

前回は、フィリップ1世の話でしたね。

フィリップ1世は何となく人を見る目がなく、
人望の薄いノルマンディー公のロベールに加担して
イギリスを攻めたり、挙句の果てに
ダブル不倫をして、当時のローマ教皇ウルバヌス2世から
キリスト教から破門…
息子の方が、まだまし…とフィリップ1世は家臣から
そっぽを向かれてしまいます
これには、フィリップ1世もかなりこたえたはず…

このローマ教皇ウルバヌス2世に破門されるということは
どういうことだったのでしょうか?
これには、深い理由があります

【十字軍って何?】

十字軍…聞いたことがありますね。
この十字軍を築き上げたのが、ウルバヌス2世なんです。

当時、キリスト教国家である東ローマ帝国(今のギリシャ辺り)
がイスラム教徒に攻められていました。ついに領土の1部を奪われ、
東ローマ帝国は、ローマのウルバヌス2世に助けを求めます

ウルバヌス2世はキリスト教である国々に
「神のために武器を取れ!
イスラム教徒に対して軍事的措置を!!」と
呼びかけ、また、
「この戦いに参加した勇気ある騎士達は、
罪が許されるであろう」と免罪を宣告したのです。

フランス人たちは「神の御心のままに!!」と
武器を取り、我こそは、神の臣下と、この戦いに参加しました
これが十字軍の始まりです。

しかし、ウルバヌス2世は不貞なフィリップ1世には
神聖な戦いである十字軍参加を認めませんでした。
神のために戦う、こんな大きな意味のある戦(いくさ)に
参加できないなんて…騎士たる、男としてどうですか?
最悪ですよね…ダサイとしか言いようがありません

というわけで、家臣全員が「かっこわるー!!」と
そっぽを向いてしまったのです。
彼を最後まで見ていたのは、不倫相手だけだったんですね。

こんな調子だったので、フランスは、
イギリスまたは隣の神聖ローマ帝国(ドイツ)
に比べて、国をまとめる力がなく、諸侯の反抗に
苦しめられてばかりいました。
こんなまとまりのない国家は、いつでも
攻められて当たり前。

こんなときに、フィリップ1世の息子
ルイ6世(肥満王)が王に。
このルイ6世、肥満と言う名の他に
なんと戦争王という名もあるのです。
見かけに似合わず、意外と強かったんですね

この強さには、彼の技があったのです。
彼は、非常に戦争上手でした。
しかし、武芸に長けていた、というわけではありません。
彼は、父親のフィリップ1世とは違い、家臣の心を1つに
することがうまかったのです。

隣国神聖ローマ帝国に攻められた時のこと。
もうダメだ…という時に、彼は、修道院の旗を大きく振ったのです。
この旗のもと、再度1つになって戦おう、我らには神がついている!!
「神の御心のままに!!おーーっ!!」
戦士たちは、信仰心で結ばれ、一気に逆転勝ち!!
信仰心をうまく使った戦い方をしたのです

長男が早世してしまったため、次男ルイ7世(若年王)を後継と決めます。
このルイ7世(若年王)、非常におとなしく良い青年。
やっと、フランスも安泰と思われたのですが…

ルイ6世の大きな過ちは、ルイ7世(若年王)のお嫁さん探し…
これさえ、失敗していなければ…
さあ、ルイ7世(若年王)にどんなお嫁さんが来るのでしょうか??

次回をお楽しみに★
# by cuicuifrancais | 2010-03-24 09:04 | フランスの歴史

前回は、ユーグ・カペーの血を引く、カペー家がついに
王の座を勝ち取り、カペー朝が誕生しましたね。
しかし、カペー家の血統を守ることはできても、周りの諸侯たちを
まとめていくには、前途多難でした。
さあ、カペー朝、今後どうなっていくのでしょうか?

アンリ1世が王として君臨している際は、
つまらない身内同士の争いで、信用を失い、
結局、有力諸侯たちが力をつけてしまう
結果を招いてしまいました。

アンリ1世のあと、息子のフィリップ1世が王となります。
その時、フィリップ1世は7歳。実際は、母が摂政として
実権を握っていました。フランス史上では、初の女性摂政
といわれています。

この頃、諸侯たちの中で大きな変化がありました。
ノルマンディーです。
ここで、ノルマンディーの話をしましょう

【ノルマンディーのおはなし】

ノルマンディーは、ノルマン人の築いた土地。
パリに住む王家にとって、このノルマン人は
大いなる恐怖でした。何度も攻撃されたため、
たまりかねて、シャルル3世は、ノルマン人ロロ
条約を結び、ノルマンディーをノルマン人の領土として
認めることにしました。これがきっかけとなり、
ノルマン人の力が増大していったのです。

ロロはその後、ノルマンディー公となり、
ノルマンディーの領土を統括していきます。
6代目のノルマンディー公が、ロベール2世
彼がアンリ1世にたくみに近づき、王家に対し
ノルマンディーの地位を確立させました。

このロベール2世と愛人の間に出来た子
ギョーム2世(愛人との間の子だったので庶子公と呼ばれています)
がなんと、海を渡ったイギリスの土地を我が物としたのです。
ここで、彼は、征服公と呼ばれるようになります。
ギョーム2世はイギリス王となり、名をイギリスでは、
ウィリアム1世としました。

ノルマン人がイギリス王に!!
これは、フランス王家カペー家には、
大きな不安をもたらしました。

ギョーム2世(英:ウィリアム1世)が亡くなったのち
次男がイギリス王になりウィリアム2世に即位
長男ロベールがノルマンディー公となりました

しかし、長男ロベールは、この決定に憤慨します。
長男の我こそが、イングランド王だ!!と。
そこで、フランス王家フィリップ1世に助けを求めます。

王家を散々、コケにしたノルマンディー公国…
いまさら、助けを求められても…と思いつつ、
いや、ここでノルマンディーには貸しを作って、
且つ、イギリスにも自分の力が及ぶかも…と、
フィリップ1世はノルマンディー公ロベール
ともに2度にわたり、ウィリアム2世を攻めています

このように、ノルマンディーとフランス王家は切っても
切れない仲になっていくのです

ちなみにこのノルマンディー公長男ロベール
結局、イギリス王にはなれず、そのまた弟アンリ1世(英:ヘンリー1世
に王の座を奪われてしまいます。
フィリップ1世もちょっと見る目がなかったですね…

このフィリップ1世、このほかにとんでもないことを
してしまいます。略奪愛です。
当時、アンジュー伯の奥さんだったベルトラートと不倫
元の奥さんを無理やり修道院へ送ってしまいます。
この不貞に司教や教皇は憤慨し、フィリップ1世は教会から破門させられてしまいます。

しかし、愛の絆は強く…別れられない二人。
結局、この略奪愛で、家臣の信用を失ってしまいます。
修道院に送られた妻との間に息子はいました。
息子を王にした方がいい…と生存中にも関わらず、
王の実権は息子のルイ6世(肥満王)に移ります

肥満王…大丈夫なのでしょうか?
ちょっと不安ですね。

次回をお楽しみに★
# by cuicuifrancais | 2010-03-09 17:03 | フランスの歴史