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やっと、イギリスとの喧嘩も収まり、フィリップ2世の息子
ルイ8世が王になりました。
獅子王というあだ名通り、信仰も深く、十字軍に参加し、
南フランスを制覇。これで、平和な世が訪れる…と思ったのですが、
ルイ8世は凱旋途中で死去

元気だった、王が何故、急死??
この疑問は、諸侯の間での大きくなっていきました

「王は何故、急に死んだのだろう?」
「もしかして、暗殺なのでは…??」

♪邪悪と不正、偽りと嫉み、裏切りに満ちたこの日々…
♪正しきふるまいと、礼儀正しさは見捨てられ…
♪われら諸侯は、ますます世を邪悪にする…
(本当に、この歌が残っています)

「こ、この声は、シャンパーニュ伯チボー4世!!」

実際、王の死はどうしてなのか謎のままなのです。
でも、この時、一番容疑をかけられていたのが、
歌う諸侯として、有名だった、シャンパーニュ伯チボー4世
彼は、当時、“歌手”(当時はトルバトールと呼ばれていました)
として、有名は存在でした

そんな歌手がどうして、王を殺害するの??

理由は、2つ

1:ルイ8世の奥さん、ブランシュといい仲だった
(ラブレター、ブランシュのために作った歌が多々発見されています)

2:ルイ8世の政策に異議申し立てをし、ルイ8世に十字軍から除名されていた
ルイ8世はユダヤ人からお金を借りることを禁止したが、チボー4世は従わなかった)

王妃と結託して、王を殺したのではないか…この噂は
またたく間に、諸侯の間に広がったのです

しかし、王不在を長くしていけません。
12歳に息子ルイ9世が即位し、王となります
ブランシュは、「ふしだらな王妃」と中傷を浴びながらも
恋人チボーをかばい、賢く、諸侯たちをまとめていきます

このブランシュ、タダの女ではないのです!!
12歳の息子ルイ9世の傍らを離れず、摂政として政治に立ち向かいます
そして、ルイ9世はかなりのマザコンに育ち、ブランシュママなしでは
政治が行えない…という事態を招いてしまうのです。

ルイ9世は、死後聖ルイ(サン・ルイ)と名付けられるほどの人物
信仰が深く、パリの観光で有名はサン・シャぺルを作り、
芸術にも造詣深いルイ9世。
裁判制度、病院なども整え、病院では、
病人の足を自らが洗う…
清潔で立派なルイ9世

でも、マザコン

次回は、
マザコンコンビ+謎の歌手
ブランシュルイ9世、そして、チボーの政治を
もう少し詳しく、見ていきましょう
# by cuicuifrancais | 2010-09-09 10:58 | フランスの歴史

やっと…フィリップ2世ジョンの決着がつきましたね…
しかし、長かった!!フィリップ2世の勝利…なのですが、
最後の活躍は、フィリップ2世の息子、ルイ8世

ルイ8世は、フィリップ2世と一番目の妻イザベルとの間の子。
長々元気に、父フィリップ2世がジョンと戦っていたので、
王に即位したのは、36歳の時。

ルイ8世のあだ名は獅子王。
なんだか強そうじゃないっ♪と思うのですが、
なんと早死…39歳で亡くなります。
王だった期間は、たったの3年。

なんで獅子なの?と思うかもしれませんね。
ルイ8世は王になった3年間で、南フランスを
我がものとしたのです。その勢いはすごかった!!

信仰深くない父フィリップ2世と違い、信仰深く
フィリップ2世は、リチャードを十字軍で喧嘩して、
十字軍の勤めををそっちのけにして、帰国しましたね)
当時、南フランスで異端派アルビ派を征伐するための十字軍
アルビジョワ十字軍を支援していました

◆1224年 自ら南フランス・ラングドッグでの、十字軍の指揮権、土地の支配権を譲りうける
◆1225年 そのままトゥールーズ、オーべルニュも支配
◆1226年 アヴィニョンで抵抗されるも3カ月でプロヴァンスも制覇
      南フランス全域を支配します

さあ、パリへ凱旋!!という11月。
あっけなく帰途中に死んでしまいます

王妃ブランシュは嘆きます
「愛しい王!あなたの息子は、まだ12歳。
この先、どうしたら、いいですか!!」

しかし、王妃の目に涙はなく…
夜、届けられた1つの詩
「聖地に赴き、武勲をあげるのも
それはあなたのため。
その愛は、決して、悔いることのないもの…」

「ああ、愛しいシャンパーニュ伯
私も愛を悔いておりません…」

シャンパーニュ伯ってだれ??
何だか昼ドラチックな展開になってきましたね…

次回の展開をお楽しみに

しかし、このキザな詩。
シャンパーニュ伯ってどんな人なんでしょうか?
# by cuicuifrancais | 2010-09-09 10:54 | フランスの歴史

さあ、そろそろ、フィリップ2世ジョンの決着をつけなくては
なりませんね…

前回、フィリップ2世は愛するアニエスと別れてまでも
ジョンに勝つ覚悟をします。
しかし、そのフィリップ2世に更なる悲しみが襲うのです…

その時、アルチュールは自ら指揮をし、伯父のジョン
戦っていました。ジョンを倒すには、どうしたら、いいのか…
ジョンの弱点は何だ??そう考えた時、頭に浮かんだのは、
ジョンの母、アリエノールでした

アリエノール、そうだ、あのフランス王ルイ7世の妃となった後に
イングランド王ヘンリー2世と結婚したあの女…。
アリエノールは、ジョンを溺愛している。ジョンが王位を継ぐことが
決まったのも、アリエノールが、アキテーヌの諸侯を説得させたからだ!!
あの女を捕まえれば、ジョンも降伏するだろう」

そう考えたアルチュールアリエノールを捕まえにかかります
アリエノールを捕らえようとした時!!
アリエノールの周りからイングランド兵が…情報がもれていたのです。
アルチュールは捕らわれ、幽閉されてしまいます

「なんだって、アルチュールが捕まった…」
コンスタンスに託され、我が子のように可愛がってきて
アルチュールが…ジョンの手に…
ジョンにつかまっては、アルチュールはもう生きていまい
フィリップ2世の悲しみは想像を絶するものでした

アルチュールは死んだという情報はないまでも
消息不明…諸侯たちの間では、アルチュール
ジョンが暗殺したとの噂でもちきりになりました

もちろん、まず、反旗を翻したのは、アルチュールの母
コンスタンの出身ブルターニュ
ブルターニュはいち早く、フランスと組んで、
イングランドを攻めたのです

ジョンはやり方が汚い、こんな奴に支配されては、
おれたちも先はないぞ。ここは、フランス王
フィリップ2世に従った方が得策ではないか」

ヨーロッパの実力諸侯たちが、続々と
ブルターニュ&フランス軍へ

イングランド側についたのは、あのアリエノールの故郷
アキテーヌのみでした

1203年、悲しみを乗り越え、
ついにフィリップ2世の勝利は間近になったのです

しかし、このフィリップ2世vsジョン
1214年まで結局続き、
1214年、フィリップ2世の勝利で幕を閉じます

1203年なら1214年まで11年間。
ずーっと、この状態で戦い続けているのですから…
まさに、犬猿の仲ですね

最後に、11年の歩みを最後に見てみましょう
もう子供の喧嘩と同じです

◆1209年 ジョン、法皇と喧嘩して破門となる(←ジョンはドジ)
◆1209年 フィリップ2世はここぞとばかりに法皇に取り入り、(←要領のいいフィリップ)
      イングランド侵攻を法皇に認めてもらい、攻撃開始
◆1213年 やばい!と思ったジョンは、法皇に泣いて謝り、領土を法皇に奉納する
      イングランドは、法皇のものになり、ここでジョンは、領土を失う(←ダメなジョン)
◆1214年 フランスを攻めるため、神聖ローマ帝国(ドイツ)
      フランドル(ベルギー)と手を組む(←ずる賢いジョン)
◆1214年 頭にきたフィリップは、腹いせにフランドルを攻め、大敗
     (←感情的なフィリップの大失敗)
      ここでジョンはやや優位な体制となる
◆1214年 しかし、神聖ローマ帝国がのろまだったため、フィリップ2世の息子ルイに攻撃される
      この息子ルイの活躍で、フランスはついに勝利する(←のちのフランス王ルイ8世登場)

ジョンは撤退を余儀なくされ、イングランドへ…とぼとぼ帰る

さあ、ここで、ちょっとカッコイイ登場をしたのが、
フィリップ2世の息子ルイ8世(獅子王)。
彼は、どんな政治を披露してくれるのでしょうか?

では、次回もお楽しみに!!
# by cuicuifrancais | 2010-09-09 10:51 | フランスの歴史

前回は、最終的にリチャードを倒した、リチャードジョンの甥
アルテュール1世の話をしましたね。

リチャードは戦死、その後、イギリスの王位継承権のあった
アルテュール1世は、母コンスタンスのはからいで、
フランスの王フィリップ2世のもとへ。
伯父のリチャードに弓を向けることになったのです
フランスフィリップ2世側についたアルテュール1世
そして、それを許すわけのないリチャードの弟ジョン
戦いは続きます

フィリップ2世の結婚生活■

しかし、今さらながら、フィリップ2世には悩ましいことがあったのです。

1つ目:十字軍に興味がなかったため、ローマ教皇との仲がイマイチであること。

覚えていますか?フィリップ2世が十字軍に参加して、リチャードと遭遇し、
リチャードの行いが気に食わないと、さっさとフランスに帰ってしまいました。
神のために、働いているのに、ワガママ抜き出しのこの態度は、全くけしからん行為なわけです。
教皇もこのフィリップ2世の信仰心のなさ、妙に現実的である部分が気に入ってませんでした

2つ目は、妻アニエスが教皇に認められていない妻であること

これはどういうことでしょうか?
フィリップ2世は、イザベルという女性と結婚しました。その際イザベルは10歳!!
息子ルイが二人の間に生まれますが、イザベルは19歳で死去。
その後、フィリップ2世は、デンマーク王の娘インゲボルグと結婚。

「こんな美しい女性は見たことがありません、なんとお幸せな!」
と誰もが、フィリップ2世に言うのですが…

「悪いが、結婚は無効にしてくれ。ベッドに一緒にいても全く気がそそられないんだ。
あれは、魔女ではないか??」

「なんですって!!私が魔女??悪いのは、王自身ではありませんか?
こんな屈辱な目にあわされて、国に帰るわけ、行きません。訴えてやります」

と、フィリップ2世インゲボルグに訴えられてしまいます。
もちろん、こんなバカなはなし教皇は認めません。「二人一緒に住むように」と
教皇は、フィリップ2世を諭します。しかし、全くフィリップ2世は言うことを聞かず、
教皇とインゲボルグを無視。これでは、話になりません。

フィリップ2世は花の独身の身。そんな中、アニエスという女性と結婚し、
男の子までもうけます。しかし、教皇をはじめ周りは、アニエスとの結婚を認めていません。

そんな中、ジョンとの抗争が激しくなってきたのです。
こんな時、教皇に嫌われているのは、得策ではありません。

どうしたものか…アニエスには、子供までいる。しかし、ここでジョン
負けるわけにはいかない!
フィリップ2世は、「教皇、私が間違っておりました。魔女はアニエスの方です。
私の心をつかんで離さず、道に迷わせたのはアニエス。教皇のおっしゃる通り、
アニエスとは別れます。今後もご指導を賜りたく存じます」

これを知ったアニエスの失望は並み大抵のものではありませんでした。
「これは、教皇の目をそらすためのこと、王はきっと戻っていらっしゃいます」
「いいえ、王は私を捨てたのです。戻ってなんか来ません。王は、私よりも国が大事なのです」
アニエスは失意のうちに、病死してしまいます

フィリップ2世ってひどい男!!
実際、フィリップ2世アニエスの死後、何を思ったのでしょうね…
こんな言葉を残しています
「イスラム教徒がうらやましい…教皇がいないのだからね…」

ここで、教皇をバックに付け、ジョンを攻めることができる
でも、愛する人を失ってしまった…
王とは大変なものですね

ここまでの犠牲を払ったフィリップ2世ジョンには決して負けるわけにはいきません
しかし、フィリップ2世に、更に悲しい知らせが
待ち受けているのです

次回をお楽しみに★
# by cuicuifrancais | 2010-09-09 10:45 | フランスの歴史

前回は、ついに、フィリップ2世(尊厳王)と、イギリス側の末弟ジョンとの
戦いが始まりましたね。フィリップ2世、父ルイ7世の屈辱をはらし、
フランスの領土を取り戻すことができるのでしょうか?

ジョンがフランス側のラマルシュ令嬢との婚約を破ったことを
理由に、フィリップ2世は、ジョンに迫りましたね

「ジョン、ラマルシュ伯爵令嬢を裏切ったのですね。
令嬢は泣いてますよ。かわいそうに…こんな仕打ちはないでしょう?
和解?もちろん、和解できますが、条件があります。大した条件ではありません。
あなた方の母、アリエノールは、もとは、私の父の妻でした。ご存じですね。
アリエノールがもっていた地は、もとは、われわれフランスの領土なのです。
フランスの地、戻して頂けますね」

しかし、ジョンの答えはNO !でした。
さあ、フィリップ2世ジョンの戦いが始まります
今日はそんな中、時代の中でたくましく生きた女性の
お話です。

■ブルターニュ女の魂 コンスタンスの底力■

この時に、微妙な立場の人物がいました。その名は、アルテュール1世
当時、イギリス領であったノルマンディーの隣、ブルターニュを治める人物でした。

このアルテュール1世は、ジョンの兄弟(ヘンリー2世と浮気者アリエノールとの間の子)
1:ヘンリー (若死)
2:リチャード(イングランド王になるも戦死)
3:ジェフリー(急死)
4:ジョン(リチャードの死後、現、イングランド王)
のジェフリーの息子。つまり、ジョンリチャードの甥なのです。

フランスとイギリスは、いつ戦争が起こってもおかしくない仲。
そこで、イギリス側の3男ジェフリーと、今すぐにでも攻めて来そうな
フランス側ブルターニュの一人娘コンスタンスを結婚させ、
婚姻関係を結ぶことで、何とか戦争をふせいできました。
その間に生まれたのが、息子アルテュール1世。父ジェフリーがイギリス人なので、
もちろんアルテュール1世もイギリス人。本来ならば、ジョンの見方になる人物でした。

事件はここからです。
ジェフリーは急死。まだ、コンスタンスは妊娠中。子が授かる前に未亡人になってしまったのです。
コンスタンスは戸惑います…そんなコンスタンスに更に辛い試練が訪れるのです
舅のヘンリー2世に呼ばれ、こう言われます
「コンスタンス、おまえの故郷ブルターニュの地は、本来ならば、お前たちの子供が継承するが、
子はまだ、お腹の中。それでは、どうにもなるまい。ブルターニュの地は、4男のジョンに統治させる!!」

コンスタンスは猛反対。フランス側の土地ブルターニュが、イギリスのジョンに統治されるなんて!
あってはならない!しかし、当時、女性、まして、未亡人で妊婦の力なんてありません。
コンスタンスは涙をのんで、この申し入れを受け入れるしかありませんでした。

しかし、こんなコンスタンスにおしつけがましく迫る人物がいました。リチャードです。
「なんで、ブルターニュをジョンにやるんだ!!!おかしい、おかしすぎる!次男のオレを差し置いて、
なんでジョンにブルターニュをやるんだ!コンスタンス、君からも父に1言、言ってくれ!」

「そんなこと、私に言われても…」

リチャードジョンはブルターニュをめぐって、兄弟喧嘩。
結局、リチャードが勝利し、ブルターニュはリチャードのものになることに決まりました
父ヘンリー2世をも手にかけ、イギリスまでもわがものにしたリチャード
こんな凶暴な相手に勝てるわけがありません。コンスタンスは、生まれてきた幼子の
アルテュール1世とじっと耐えるしかありませんでした。

しかし、イングランド王になったリチャード1世。なんと、ブルターニュをアルテュール1世に譲るというのです。ジョンにやるくらいだったら、甥のアルテュール1世にやった方がいい…
そのうち役に立つかもしれないしな…くらいの気持ちだったのかもしれませんが、
コンスタンスにとっては、思ってもみない出来事でした。ブルターニュが我が息子のものに!
耐えに耐えてきたコンスタンス。ここで、息子にために、表舞台に出ることを決めます

リチャード1世ジョンの手からブルターニュを返してくれた恩人。
しかし、本当は、自分の領土にしようとしていたのだ。決して、信用はできない。
コンスタンスは、リチャードが十字軍遠征中に、フランス王フィリップ2世に息子
アルテュール1世の貢献人になって欲しいと頼みます。
もちろん、フィリップ2世の答えはOUI(Yes)。幼いアルテュール1世を騎士となるために
自ら教育します。ここで、アルテュール1世はフランス側の人物となるわけです

フィリップ2世リチャード1世の中は益々悪くなった時、
アルテュール1世フィリップ2世とともに、リチャード1世討伐のため
戦います。

「アルテュール1世、誰のおかげでブルターニュの地を継承できたと思っている!!
おのれ、コンスタンスめ!!!」
リチャード1世の心情は穏やかではなかったでしょうね。
リチャード1世は、アルテュール1世率いる軍の矢にかかって戦死します。
自分のために働いてくれると思ったアルテュール1世に反対にやられてしまう…
皮肉な話ですね

リチャード1世には、子供がいませんでした。本来ならば、甥のアルテュール1世
王となるべき存在だったのですが、アルテュール1世はフランス側の人物となり、
イングランド王位を継承することはできません。そこで、ジョンが王となることになったのです

ブルターニュから嫁いで、ブルターニュの地、息子を
我慢、我慢の連続で守り続けたコンスタンス。彼女のおかげで
今のブルターニュはあるのですね。

さあ、ジョンVS フィリップ2世&アルテュール1世の
戦い、どうなるのでしょうか?

次回をお楽しみに☆
# by cuicuifrancais | 2010-05-13 07:56 | フランスの歴史