CuiCui★フランス語お料理教室 ★www.cuicui.jp chezcuicui.exblog.jp

CuiCuiは料理、歴史と共に、楽しくフランス語が学べる教室です★


by cuicui
プロフィールを見る

フランスの歴史29 フィリップ4世の天罰

前回までは、敵の多いフィリップ4世の話でした

そんなフィリップ4世も1314年、46才でこの世を去ります
毒殺したと言われている妻ジャンヌの間には
子供が6人。男3人、女3人と上手く生んだのですが…

しかし、行いの良くなかったフィリップ4世
生前の頃から、王家に災いが起こり始めます
1300年、長女マルグリットが死去
1314年、フィリップ4世の死後、25歳の長男ルイ10世が即位
しかし、なんと、2年後の1316年6月に死去。27歳の若さでした…

王家は途方にくれます
ルイ10世には、1番目の妻との間に、娘(ジャンヌ)しかいませんでした…
王となる男の子がいなかったのです。

しかし、ルイ10世死後、2番目の妻のお腹には、子供が…!!
男子であって欲しい!!王家は皆、心から祈りました
1316年11月…出産の時が…

なんと、男児!!これで、この子が生まれながらにして王となったのです。
赤ん坊ですが、王は王。王ジャン1世の誕生です。
これで、王家の血筋は確保できた。皆、ホッとしました…

ところが、そんな幸せは束の間…ジャン1世は生後5日後にして死去

もう、これは、フィリップ4世を恨んで死んだ人々の怨念に違いありません
王家の直系男児はここについに断絶したのです…

そこで、では、ルイ10世の一人娘ジャンヌを王にしたら、どうだろう?
という話が持ち上がります。女性は王にはなれない…そのような決まりはありますが
なんとしても、王の直系の血筋を守りたい、女性の王でもいいのではないか?
そのような意見が持ち上がります

しかし、ここに大きな問題が!!

ジャンヌは、ルイ10世とルイ10世の1番目の妻(マルグリット・ド・ブルゴーニュ
との間の子。一体何が問題だったのか…

1305年、ルイ10世マルグリットは結婚
1314年、ルイ10世(25歳)は即位。同時にマルグリット(24歳)も王妃となりました

しかし、即位の2年前1312年頃から、マルグリットは、夫の不在時に
学生や騎士をセーヌ河沿いにある塔の中に誘いこみ、一夜のアヴァンチュールを
楽しむようになっていたのです。
それも、一人で楽しめばいいものを、
ルイ10世(長男)の弟(次男)フィリップ5世の妻、ジャンヌ2世弟(三男)シャルル4世の妻、ブランシュも誘って、やりたい放題

しかし、3人の夫たちは長くこれに気付いていなかったのです…

そこに、彼らの妹(イザベル)が嫁ぎ先のイギリスからやってきました
イザベルは、イギリスのエドワード2世に嫁いでいたのですが、
このエドワード2世は同性愛者という噂もあり、夫婦仲がうまくいっていませんでした。
そこで、実家の父(フィリップ4世)や兄たちに、何とかして欲しいと訴えに来たのです

しかし、兄たちに話をしようとも、兄たちは忙しく、相手にしてもらえません…
では、義理姉たちに話を聞いてもらおうとすると…

「お姉さまたちは、どこに行くのかしら?…こんな時間に?」
後をつけて行って、イザベルはびっくり!!!

「お父様、お父様!!大変です。お姉さまたちが、セーヌ河沿いで…」
フィリップ4世は、イザベルからことの次第を聞き、あまりのショックに
病の床に…長女は早死し、3人の息子は、妻にコケにされ、
末娘の夫は同性愛者…

フィリップ4世は、子ども達の、あまりにも
悲劇的な結末に、ショックを受け、ショック死した
とも言われています。

よって、ルイ10世の娘ジャンヌは、本当にルイ10世の子か
分からない…ということで、王にすることはできなかったのです。

ここに直系男児は本当に断絶。
そこで、ルイ10世の弟(次男)フィリップ5世が即位
しかし、妻ジャンヌ2世との間には、女の子のみ…

ジャンヌ2世は不貞を働いていたにも関わらず、女の子ばかりだったんですね…
女腹(おんなっぱら)というものですね。ここで、不貞でも男児が生まれていれば、
もしかしたら、不貞に目をつぶって、王家の血を存続させたかもしれません

フィリップ5世亡きあとは、結局、その弟(三男)シャルル4世が即位します

フィリップ4世の老後からの王家は、とんでもないことばかり…
やはり、フィリップ4世には、天罰が下ったとしか
言いようがありませんね

次回も王家の結末を一緒に見ていきましょう★
[PR]
by cuicuifrancais | 2011-02-16 08:21 | フランスの歴史