フランスの歴史26 フランドルVSフィリップ4世
前回は、カッコいいけど、冷淡なフィリップ4世の話しをしました。
今日もフィリップ4世の話しを続けましょう
まず、とにかく、フィリップ4世はフランドル(今のベルギー)を何とか
自分のものにしたかったのです。
そのために、好きでもない女性と政略結婚までした…
しかし、なかなか、フランドルは自分のものになりません…
もちろん、フランドルもそう簡単にフィリップ4世には負けられません
フランドル伯ギ―はフィリップ4世の脅威を感じ、イギリスに
助けを求めていました。密か娘をイギリス王エドワード2世と結婚させたのです
「生意気な、フランドルめ!!」
フランドルの娘とエドワード2世の結婚を破談にしろなどと
言ったものの、聞いてもらえるわけがありません。
フィリップ4世の怒りはおさまりません
「今にみてろよ、ギ―…」
フィリップ4世は作戦に出ます
「フランドル伯ギ―よ、私もよく考えたのだが、これは、完全に私に負けです。
イギリスとフランドル2国には、フランスは到底勝てません。
ここは和平を結ぼうではないですか」
とフランドル伯に和平を求め、和平交渉に乗り出します
もちろん、こんな交渉は嘘。交渉途中でギ―を幽閉します
まったく、カッコいいのが台無しなくらい、残念ながらフィリップ4世は
“こまい”男なのです
しかし、この「せこい」やり方に、フランドルの国民の怒りは爆発
フランドルの市民兵が立ちあがります。これは、有名は
1302年「金拍車の戦い」といいます。
ベルギーでは、この戦いは、ベルギーの独立を
守った戦いとして伝えられています。
そして、歴史上、初めて、市民歩兵に、重装騎士が負けた戦いとしても有名です
フィリップ4世は、かなりの汚名を残すことになってしまったのです
その後、フランドルとの戦いは続くのですが、
結局、フィリップ4世は生きているうちにフランドルを手に入れることが
できないのです…フランドルは、「せこい」策に負けず、強かったということです
1305年、政略結婚した妻ジャンヌが死去
この死因がはっきりせず、ジャンヌは、
フィリップ4世に暗殺されたとも言われています
フランドルに近い、シャンパーニュの地が必要だったので、シャンパーニュ伯の娘ジャンヌと
結婚したものの、フランドルとの戦いがうまくいかなくなり、シャンパーニュ伯の力が
強くなることを恐れ、妻を殺害し、親戚関係を切ったと言われています
うーん、本当だとしたら、かなり冷酷極まりないですね…
そして、時期を同じくして、もう1つの敵が現れます
教皇です
「まったく、自分が1番のような顔をして、気に食わん」
フィリップ4世は、教皇にも一般同様税金を課し、
教皇に対抗するために、「三部会」
を設立します。ノートルダムに、聖職者、貴族、平民の3身分を集め、
投票で、何でも決める体制をつくったのです。
これを知った教皇ボニファティウス8世は驚きます!
「この私の命を聞けないというのか!!」
これまで、教皇の言うことは何でも聞く…が当たり前の
世の中。フィリップ4世の行動は、大胆極まりないものでした
この三部会は、フランス革命の際に再度、
開催され、王家はギロチンにかけられます…
フィリップ4世は、教皇の権力から離れ、フランス王家の独裁を望んで
この「三部会」を設立したのに、
約700年後の1789年には、王家を潰す土台になるとは、なんとも歴史は皮肉ですね
さあ、次回は、教皇VSフィリップ4世です
どちらに軍配があがるでしょうか?
次回をお楽しみに★
今日もフィリップ4世の話しを続けましょう
まず、とにかく、フィリップ4世はフランドル(今のベルギー)を何とか
自分のものにしたかったのです。
そのために、好きでもない女性と政略結婚までした…
しかし、なかなか、フランドルは自分のものになりません…
もちろん、フランドルもそう簡単にフィリップ4世には負けられません
フランドル伯ギ―はフィリップ4世の脅威を感じ、イギリスに
助けを求めていました。密か娘をイギリス王エドワード2世と結婚させたのです
「生意気な、フランドルめ!!」
フランドルの娘とエドワード2世の結婚を破談にしろなどと
言ったものの、聞いてもらえるわけがありません。
フィリップ4世の怒りはおさまりません
「今にみてろよ、ギ―…」
フィリップ4世は作戦に出ます
「フランドル伯ギ―よ、私もよく考えたのだが、これは、完全に私に負けです。
イギリスとフランドル2国には、フランスは到底勝てません。
ここは和平を結ぼうではないですか」
とフランドル伯に和平を求め、和平交渉に乗り出します
もちろん、こんな交渉は嘘。交渉途中でギ―を幽閉します
まったく、カッコいいのが台無しなくらい、残念ながらフィリップ4世は
“こまい”男なのです
しかし、この「せこい」やり方に、フランドルの国民の怒りは爆発
フランドルの市民兵が立ちあがります。これは、有名は
1302年「金拍車の戦い」といいます。
ベルギーでは、この戦いは、ベルギーの独立を
守った戦いとして伝えられています。
そして、歴史上、初めて、市民歩兵に、重装騎士が負けた戦いとしても有名です
フィリップ4世は、かなりの汚名を残すことになってしまったのです
その後、フランドルとの戦いは続くのですが、
結局、フィリップ4世は生きているうちにフランドルを手に入れることが
できないのです…フランドルは、「せこい」策に負けず、強かったということです
1305年、政略結婚した妻ジャンヌが死去
この死因がはっきりせず、ジャンヌは、
フィリップ4世に暗殺されたとも言われています
フランドルに近い、シャンパーニュの地が必要だったので、シャンパーニュ伯の娘ジャンヌと
結婚したものの、フランドルとの戦いがうまくいかなくなり、シャンパーニュ伯の力が
強くなることを恐れ、妻を殺害し、親戚関係を切ったと言われています
うーん、本当だとしたら、かなり冷酷極まりないですね…
そして、時期を同じくして、もう1つの敵が現れます
教皇です
「まったく、自分が1番のような顔をして、気に食わん」
フィリップ4世は、教皇にも一般同様税金を課し、
教皇に対抗するために、「三部会」
を設立します。ノートルダムに、聖職者、貴族、平民の3身分を集め、
投票で、何でも決める体制をつくったのです。
これを知った教皇ボニファティウス8世は驚きます!
「この私の命を聞けないというのか!!」
これまで、教皇の言うことは何でも聞く…が当たり前の
世の中。フィリップ4世の行動は、大胆極まりないものでした
この三部会は、フランス革命の際に再度、
開催され、王家はギロチンにかけられます…
フィリップ4世は、教皇の権力から離れ、フランス王家の独裁を望んで
この「三部会」を設立したのに、
約700年後の1789年には、王家を潰す土台になるとは、なんとも歴史は皮肉ですね
さあ、次回は、教皇VSフィリップ4世です
どちらに軍配があがるでしょうか?
次回をお楽しみに★
by cuicuifrancais
| 2011-01-24 07:52
| フランスの歴史
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