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フランスの歴史11 カペー家の誕生

前回でついに、フランク族からフランク王国を築き上げた
カロリング朝が滅亡。
カペー朝が誕生しました。カペー朝に政権が変わったフランス。
どうなっていくのでしょうか?

カロリング朝時代に力をつけたパリ伯ユーグの息子
ユーグ・カペー
が諸侯たちに選ばれて王になった…ものの、結局、ノルマンディー、ブルゴーニュなどの
力のある地方諸侯たちに反発にかなり苦しめられます。
しかし、生存中に、息子のロベール2世(敬虔王)を世継ぎと定め、揺るぎないカペー朝の世襲の土台を固めたのです。

このロベール2世(敬虔王)。
名の通り信仰深い人なのですが、この人は子沢山で有名。
結婚を3回もし、最後の奥さんとの間には
7人もの子を残します。
この多くの子のおかげで、カペー家の血が
長く、世に続くことになり、血統の土台を固めたのです。

長男ユーグを世継ぎと定めるも、
ロベール2世(敬虔王)よりも早世。
そこで、弟のアンリ1世が王となります。

アンリ1世はもともとブルゴーニュ地方を治める
ブルゴーニュ公でした。

ここで、少しブルゴーニュの話をしましょう。

ブルゴーニュは地方諸侯として、かなり力をもち、
一度、諸侯だったラウールはフランス王にまでなっていますね。ラウールと王になった際、
その弟がブルゴーニュ公を継ぎ、ブルゴーニュの力もその間は健在でした。

しかし、その後、ジルベール・シャロンがブルゴーニュ公となった際時の人、パリ中心で力をふるっていたパリ伯ユーグにブルゴーニュの単独政治を阻まれ、パリ伯ユーグの臣下にさせられてしまいます。
そこから、ブルゴーニュは、カペー家の臣下となり、
カペー家のアンリ1世がブルゴーニュ公となり、ブルゴーニュを治めていたのです。

しかし、長男ユーグが死去。
アンリ1世はパリに呼び戻され、
王となるのです。

しかし、戻ったらとんでもないことになってしまいました。
末弟ロベールと彼を溺愛する母は、
末弟ロベールが王とばかり思って、アンリ1世を憎み始めていました。末弟ロベールと母に何度も反乱を起こされてしまいます。

さすがに、身内に何度も反乱を起こされてはかないません。
また、格好が悪い…

そんな悩ましいアンリ1世
地方諸侯たちは、たくみに近づきます。
ノルマンディー公ギューム2世は、アンリ1世の味方にうまくつき、
その代わり、ノルマンディーの領土を認めてもらう…

しかし、これでは、地方諸侯の者の力を増大させてしまうだけ…
アンリ1世は悩みます

しかし、身内での反乱をうまく収めるには、仕方がありません
このように、地方諸侯たちの手をかり、結局、諸侯たちの
力を増大させる結果を招いてしまうのです…

末弟ロベール
にブルゴーニュ公の地位を譲る
ことで解決するのですが、結局、諸侯問題の
課題を大きく残すことになってしまったのです。

中央政権と地方諸侯の問題は、まだまだ今後も続くのです。
はたして、どのようにフランスは統一されていくのでしょうか…

次回をお楽しみに★
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by cuicuifrancais | 2010-03-02 10:41 | フランスの歴史