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フランスの歴史8 フランス2転3転 その1

前回は、兄弟喧嘩の末、フランク王国は
西、中央、東の3つに別れ、
末っ子のシャルルが継いだ西フランク王国が
現在のフランスとなった…
まで話ました。

では、今日はその後のフランスをお話しましょう

前回お話しした末っ子シャルルが
①シャルル2世(禿頭王)→苦労の生涯を送る

シャルル2世の長男が
②ルイ2世(吃音王)→体が弱くすぐに死去
体が弱いわりに、奥さんが3人。
正妻の間に、男児2名
2番目の妻との間に、女児1名
3番目の妻との間に、男児1名
彼の子孫繁栄は後のキーワードをなります

③ルイ3世とカルロマン(共に愛称なし)シャルル2世の長男(ルイ3世)とその弟(カルロマン)。

何故か2名が王という異例の時代。
この時期、現在のノルマンディー辺りは、
「ノルマン人」と呼ばれるヴァイキングが住んでおり、
ノルマン人との戦いで苦労していました。
ルイ3世はノルマン人を打ち破り、功績を上げたのですが、
すぐに死去。

その後、カルロマンが単独で王となります
④カルロマン
ルイ3世亡き後、再度、ノルマン人の攻撃を受け、
悲惨な状況に…狩猟中の事故で死去

⑤シャルル3世(肥満王)
肥満?そうなんです、本当にデブで、
全く評判の良くない王の1人。

お隣、東フランク王国の王だったシャルル3世。
西フランク王国は当時、幼子ばかりで
後継者がいなかったため、この東フランク王国の
シャルル3世に西フランク王国の王も兼ねて
もらうことになったのです。

出来が悪くても、歴史を辿れば、遠い親戚なので、
この人に頼るしかなかったんですね。仕方がないですね…

そして、なんと、シャルル3世は、イタリアの王の座も
譲渡してもらい、再度、シャルル3世のもと、
西、東、中央が1つになってしまったのです!!

ここで頑張ればいいものを…さすが肥満王。
食べてばかりで何もせず、ノルマン人に対しては
美味しいもの目当てか、かなり弱気。
巨額の富を与え、勝手に和平を結んでしまいました。

なんだこの王は!!と周りの不満はつのるばかり。
ついに、東フランク王国にいた甥のアルヌルフが兵を挙げたのです。

しかし、肥満王は、逃げ惑うばかりで甥と
戦いもせずに、2ヶ月間逃げ惑い、挙句、
死んでしまいました。最後までいいところナシだったんですね…

勝利した甥アルヌルフは、
■東フランク王国の王→アルヌルフ自ら王に
■西フランク王国の王

ノルマン人討伐に功績のあった、
パリ伯のウードに与えることと決めました

ここで、統一された西、東、中央のフランク王国は
また再び、分裂。そして、現在に至るまで、
もう2度と統一されることはありませんでした。

ウード伯のもとでフランスは再出発。
しかし、ウード伯には、思いもよらない
人物が待ち構えているのです…
それは、②ルイ2世(吃音王)
の息子シャルル3世。

父ルイ2世が死去したとき、
幼く、何もできなかった…しかし、
成人となった、まさにカロリング家の血を引く
彼の存在は…?フランスにとって、どんな影響を
及ぼしていくのでしょうか?

次回をお楽しみに★
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by cuicuifrancais | 2010-01-29 16:08 | フランスの歴史